山本作兵衛コレクション総合トップへ山本作兵衛コレクション総合トップへ
田川市 ユネスコ世界の記憶(世界記憶遺産)「山本作兵衛コレクション」田川市 ユネスコ世界の記憶(世界記憶遺産)「山本作兵衛コレクション」
文字サイズ 拡大標準
背景色 青黒白

図録番号389 タイトル:ヤマと石炭と貨車

最終更新日:
 
389
(解説文要約)
筑豊線は、石炭の運搬のためにつくられました。
筑豊興業鉄道会社が運営していましたが、明治30年からは、九州鉄道株式会社と合併しました。
石炭車は、8トンから15トン、17トンへと積載量を増やしていきました。
明治から大正の途中までは、石炭車の連結は手動で行われていましたが、
大正14年には自動化され、連結時の事故がなくなったと作兵衛翁は記しています。
 
 
 
Each railway line in Chikuho was built for coal transportation.
The Chikuho Kogyo Tetsudo Railway Company ran them in the early days, and the company was merged to the Kyushu Tetsudo Railway Company in 1897.
The carrying capacity of coal cars was increased from 8 tons to 15 tons or 17 tons.
Sakubei wrote that coal cars were manually coupled until 1914, whenall of the couplers for railway cars were replaced with automatic couplers, and that accidents in coupling did not occur after that.
このページに関する
お問い合わせは
(ID:4513)

田川市石炭・歴史博物館

〒825-0002  田川市大字伊田2734番地1  TEL・FAX:0947-44-5745

Copyright (C) City of Tagawa

田川市石炭・歴史博物館

〒825-0002  田川市大字伊田2734番地1
TEL・FAX:0947-44-5745
Copyright (C) City of Tagawa