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田川市 ユネスコ世界の記憶(世界記憶遺産)「山本作兵衛コレクション」田川市 ユネスコ世界の記憶(世界記憶遺産)「山本作兵衛コレクション」
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図録番号379 タイトル:子どもの手伝い

最終更新日:
 
379
(解説文要約)
明治、大正時代には、働き手の親が倒れると、直ちに子どもに負担がかかっていました。
坑内唄にあるように「七つ、八つからカンテラ提げて」坑内に入っていました。
まだ背丈が低いので、炭函を押すのも大変でした。
 
 
 
 
 
During the Meiji and Taisho eras from 1868 to 1926, if parents as workers were struck by illness or accidents, their children immediately had to substitute for them.
Just the same as an excerpt from a miners’ work song, some of them “had to work underground with a lamp in hand” when they were seven or eight years old.
They were still so small that they had a difficult time in pushing mine cars.
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〒825-0002  田川市大字伊田2734番地1  TEL・FAX:0947-44-5745

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