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田川市 ユネスコ世界の記憶(世界記憶遺産)「山本作兵衛コレクション」田川市 ユネスコ世界の記憶(世界記憶遺産)「山本作兵衛コレクション」
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図録番号322 タイトル:昭和の監獄部屋

最終更新日:
 
322
(解説文要約)
戦時中のヤマは人手不足でした。
一人で十人分働け、と呼び掛けられ、特に独身者は監獄部屋にいるような扱いを受けている者もいました。
戦時中なので、食べ物も休日もろくに取れず、
青い顔をして働きフラフラになっている人のほか、自殺者までもいたと作兵衛翁は記しています。
 
 
 
 
There was much demand for miners in the pits during World War II.
Every minerwas ordered to do as much work as 10 people did.
Especially some single miners were treated as if they were in labor camps.
Sakubei wrote that they worked unsteadily with faces as pale as death and some of them committed suicide, because they were not provided with enough food and days off in wartime.
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